デス・オーバチュア
第217話「最強最高の執事(バトラー)」



果て無き荒涼の大地を埋め尽くす屍の山。
この死の大地で生ある者は、この屍の山を作りだした、殺戮者たる少年だけだった。
少年の右手には血を固めて作ったかのような赤黒い剣が握られている。
「…………」
返り血で真っ赤に染まって立ち尽くす少年の瞳には何の感情も浮かんでいなかった。
冷たい風が吹き荒ぶだけの死の大地に、パチパチと拍手の音が聞こえてくる。
「とても素敵よ、あなた。数万の魔族を巨大な力でまとめて吹き飛ばすんじゃなく、一振りの剣だけで一匹ずつ斬り殺すなんて……そんなに殺しが好きなの?」
姿を現した少女は、屍の山を……屍の山を生み出した少年を微塵も恐れずに、とても愉快そうに笑っていた。
「…………」
「うふふふっ……」
「……だたの暇潰しだよ……」
少年が初めて言葉を発する。
「あら? そうね、一撃で吹き飛ばしたら一瞬しか暇が潰せないものね……うふふふっ……」
「…………」
「ねえ、あなた、暇ならあたくしと一緒に来ない? 退屈はさせないわよ」
「…………」
「本当は殺しももう厭きてるんでしょう? 暇を感じる暇も無いほどに扱き使ってあげるから……あたくしの物になりなさい」
女は笑顔で命令すると、少年に手を差し出した。
「……フッ、暇を感じる暇か……」
別に少女はギャグやジョークとして口にしたわけではないだろうが、少年は微笑う。
「……いいよ、君の物になってあげるよ。その代わり……」
「その代わり? 何か欲しい物があるの? 何も欲しくなそうな、何もかもがどうでもよさそうな瞳をしたあなたが……」
「…………」
「いいわ、何でもあげる。あなたが望むならあたくし自身をあげてもいいわよ〜」
少女は悪戯っぽく、同時に妖艶に笑っていた。
「いや、別にそれはいらないよ」
「あら、そう……」
あまりに少年がきっぱりと断ったので、少女はちょっとだけ不機嫌そうな、残念そうな表情を浮かべる。
「……その代わり、退屈させたら即殺す……それでも良ければ僕は君の物になろう」
「ああ、そういうこと……ええ、その契約(約束)でいいわ……あなたを満足せれるように頑張るわ〜」
「では、これから宜しく、僕のお姫様……」
少年は少女の差し出す手を取り跪くと、手の甲にそっと口づけた。



「おいおい、化け物にもほどがあるだろう……」
一人の少女が、美しく輝く月を背にして夜空に浮いていた。
蝙蝠の翼のようなボロボロの長いマントの下に、赤みがかった黒と薄赤い白でデザインされた、リボンやフリルの多い可愛いらしいエプロンドレスを着た十三歳ぐらいの少女。
少女の髪と瞳は赤みがかった金色だった。
吸血王ミッドナイトが娘、マジックナイトこと赤月魔夜である。
「まさか、異界竜『様』があの様とは…………」
魔夜は眼下の地上を見下ろした。
黒のイヴニングドレス(夜会服)を着た少女と、漆黒のマントを纏った少女が俯せになって倒れていた。
「…………」
倒れている二人の黒ずくめな少女の間に、一人の少年が立っていた。
タキシード(夜間用略礼服)をビシッと着こなした銀髪の美少年。
物凄く長い銀髪は、輪ゴムで一房に纏められている。
「……まあ、駄目元で……やるだけやってやるぜっ! ヴァンパイアトマホーク!」
魔夜は両手にそれぞれトマホークを出現させると、少年に向かって急降下した。
「…………」
少年の右手に血のように真っ赤な『剣』が出現する。
「十字に切り裂かれ……」
「ふん」
相手を十字に切り裂こうと振り下ろされたトマホークは、血色の剣の一閃でまとめて粉砕された。
「ちぃっ!」
魔夜は両手を背中にまわすと、一瞬で二丁のハンドガンを取り出し発砲した。
超至近距離での発砲。
しかし、弾丸がハンドガンから飛び出した時には、すでに少年の姿は消えていた。
「遅すぎる」
「があぁっ!?」
背中に凄まじい衝撃が走り、魔夜は顔面から大地に叩きつけられる。
「拳銃使い(ガンマン)として君がどれだけ優秀か知らないけど……銃という物自体が所詮は玩具だ……」
魔夜の背中がマントごと深く切り裂かれていた。
おそらく、少年は弾丸よりも速い動きで魔夜の背後に回り込み、剣を斬りつけたのだろう。
「どれだけの早撃ちだろうと、引き金を引いてから、実際に弾丸が発射されるまでのタイムラグを無くすことはできない……」
少年は剣を逆手に持ちかえると、ゆっくりと魔夜の背中に突き下ろそうとした。
「……へっ、弾丸(たま)より速くってか?」
突然、魔夜が四散するように無数の蝙蝠に変じ、剣は獲物をとらえることなく大地に突き刺さった。
「…………」
「ふう、アブねえアブねえ」
一匹の赤い蝙蝠を先頭に、無数の黒い蝙蝠が空高く上昇していく。
「チェンジヴァンパイア2!」
空の彼方で集合した蝙蝠達が爆発するように黒い霧に転じ、霧が人の形を成した。
ストッキング、アームフォーマー、秘所と胸をギリギリ隠すだけの下着、たったそれだけを身に纏った幼いながらも扇情的な少女。
新たな姿(衣装)の赤月魔夜が高空に浮いていた。
「まだまだこれからだぜ、ヴァンパイアウィング!」
魔夜の背中から巨大な蝙蝠の翼が生えた。
「……サキュバス(恥女)モードか……」
地上の少年が魔夜の姿を見て、微かな嘲笑の笑みを浮かべる。
「違うぜ、最速の地上戦モード、スパイラル魔夜だぜっ!」
言い終わるよりも速く、魔夜が超高速で地上へと降下した。
「はっ!」
一瞬にして少年との間合いを詰めた魔夜が手刀を突きだす。
少年は体を僅かに横にズラして一撃を回避した。
「…………」
霞むようにして少年の姿が魔夜の前から消える。
「おっと、今度は置いていかれないぜ!」
少年が魔夜の背後に出現したかと思うと、その瞬間、今度は魔夜の姿が消失し、少年の背後に現れた。
「あははっ!」
「…………」
魔夜と少年が消失と出現を繰り返す。
二人はまったく同じ速度で、互いの死角に回り込もうとしていた。
「これで速さは互角だぜ!」
魔夜の手刀が螺旋回転しながら、少年を貫こうと突きだされる。
「互角?」
回転しながら突きだされた魔夜の右手が、あっさりと少年の左手に掴み取られた。
「あぁっ!?」
「爆っ!」
銀色の閃光の爆発と共に魔夜の右手が消し飛ぶ。
「あああああっ!」
「移動速度が同じになっただけで、互角とは笑わせてくれる……」
肘から先の右腕を失った魔夜は、後方に飛び退きながら、左手で虚空を切った。
虚空から赤黒い光の刃が放たれる。
「ふん」
少年は飛来した赤黒い光刃を、血色の剣で容易く斬り捨てた。
「だああっ! どらどらどらあぁっ!」
魔夜は凄まじい速さで何度も虚空を切り、無数の赤黒い光刃を解き放つ。
飛来する光刃の群に対し、少年は無造作に左手を突きだした。
「鮮!」
少年の左掌から、爆流の如き勢いで、真っ赤な大量の血が噴き出す。
正確に言うなら血のように赤く暗い光が、魔夜の放った光刃を全て呑み込んで、消し去ってしまった。
「ちぃっ……」
魔夜は、『再生』を終えた右手を左手でさすりながら舌打ちする。
最初から、光刃の乱射などで倒せるとは思っていない、あくまで間合いを稼ぐのと、腕を再生するまでの時間稼ぎのための牽制だった。
それでも、ここまでノーダメージ、容易く防がれてしまうと、悔しくて仕方がない。
「接近戦も、血刃(けっぱ)も駄目かよ……」
一見、翼も生えて飛行能力がメインに見える第二形態だが、その本質は地上での移動速度と格闘能力のアップだった。
通常(第一)形態の基本攻撃スタイルである刃物や銃器が効かなかったり、第一形態の自分よりスピードが速い相手に対するための最速の地上(格闘)戦モードである。
だが、せっかく移動速度が互角になっても、この姿で行える攻撃手段が有効でないのでは意味がなかった。
あんなに容易く掴まれる、掴まれたら爆破されるのでは、とても格闘戦は挑めない。
かといって、血刃……人間でいえば闘気の刃のような技……程度が通じる相手でもなかった。
「……なら、これしかないっ! アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
魔夜は全身から爆発的に魔力が放出させながら、空高く跳躍する。
「…………」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッ!」
赤黒い魔力を大量放出しながら回転して巨大な赤黒いドリルと化すと、少年に向かって急降下した。
「最大威力の技での力押しか……避けるのは容易いけど……それではあんまりだしね……」
少年は左手の人差し指と中指の二本の指をクィッと軽く引き上げる。
次の瞬間、少年の足下から赤黒い竜巻が噴き出し、迫り来る巨大ドリルを呑み込んだ。


赤黒い竜巻から、巨大ドリル……魔夜が吐き出され、空高く吹き飛んでいく。
役目を終えた赤い竜巻は、最初から存在しなかったように綺麗に消滅した。
「少しは強くなったかと期待したけど……所詮この程度か……」
少年は失望したように呟く。
「……ま……まだだぜっ! チェンジヴァンパイア3!」
空から魔夜の声が響いてきた。
少年は上空に視線を向ける。
空の彼方に浮遊している魔夜の姿(衣装)が再度変わっていた。
薄く透けるような黒のスリップドレスとナイトキャップ。
スリップドレスとは、胸部分を大きく開け、深いスリットを入れて、レースやカットワーク(布を切り抜いた刺繍模様)をほどこしたドレスのことだ。
要するに、魔夜はとてもセクシーなネグリジェ(ワンピース型の婦人用の寝巻)を着ているのである。
ナイトキャップは寝ている間に髪の乱れるのを防ぐためにかぶる帽子で、ネグリシェと合わさってとてもチャーミングでお洒落な感じだった。
だが、第三形態の魔夜の特徴(変化)はネグリシェではない。
大きな蝙蝠の翼が、黒い天使……黒鳥の大きな翼に切り替わり、両肩と両腰から巨大な大筒が伸びていることだった。
さらに、両手にまで同じような大筒が持たれていて、計六つの大筒が装備されている。
「これが最大の攻撃(射撃)モード……バースト魔夜だぜっ!」
大筒は、魔導王煌(ファン)やコクマのレイヴンなどが使用していた魔導砲によく似たデザインをしていた。
「…………」
地上の少年は、特に過剰な反応は見せず、涼しい表情で無言のまま上空の魔夜を見つめている。
「血の海で溺死しろっ! BLOOD END!」
六つの大筒から一斉に赤い閃光が解き放たれた。


赤き六つの閃光が少年に直撃して爆発し、地上が一瞬血(赤光)で埋め尽くされた。
「しゃあっ! 最大出力のBLOOD ROYAL六発分のこの一撃! 直撃すればいくら兄貴だって……げえっ!?」
血の海から飛び出してきた赤い剣が魔夜の右胸を刺し貫く。
「今のは悪くなかったよ、魔夜……」
血の海……地上を埋め尽くす赤い光が全て消え去ると、何事もなかったように少年が姿を現した。
「……左胸(心臓)は外しておいた、死にはしないだろう…」
パチパチと拍手の音が聞こえてくる。
「ブラボー、ブラボーよ、イヴ」
白い帽子と白いワンピースのどこから見ても避暑地のお嬢様にしか見えない少女……リューディア・プレリュードは豪奢な椅子に座って拍手をしていた。
「光栄の至りです、姫様」
銀髪の少年は、リューディアの前に跪く。
「それとも、聖夜と呼ぶべきかしら?」
リューディアは少し悪戯っぽい微笑を浮かべた。
「……姫様のお好きなように……」
「うふふふっ、異界竜二匹と魔界産の吸血鬼をまるで子供扱い……それでこそあたくしの自慢のメイドよ……ああ、今は執事(バトラー)かしら?」
女主人はとても満足げな表情で、自らの従者を見下ろす。
「いえ、皇牙様と皇鱗様はお二人で一人前……魔夜に至っては未熟の極みですから……大したことではありません」
少年は魔夜との戦闘中の少年的な口調から、丁寧ないつものイヴの口調に戻っていた。
「ふっ……思い出すわね、初めて会った時のあなたを……」
リューディアは遠くを見つめるような眼差しをする。
「……何の感情も浮かんでいない銀の瞳で……暇潰しのように殺戮を繰り返す、吸血の王子……」
「…………」
「うふふふっ、今のあなたも好きだけど、あの頃の虚無的なあなたも素敵だったわね……」
「……っ……」
無言で主人の言葉を聞いていた少年が初めて微かに反応を見せた。
「どうしたの、イヴ?」
「……そこっ!」
少年……イヴは右手に赤い剣を生み出すなり、森の中へと投げつける。
「ブラッドソード……血は知にして力……この剣の強さが、あなた自身の強さを物語っている……」
森の中から姿を現したのは、金髪の派手な人形を抱きかかえた女ディーラーだった。
「ここまで純度の高い『血』を見るのは久しぶり……」
喋っているのは、女ディーラーに抱っこされている金髪人形である。
金髪人形は小さな両手で、赤い剣……ブラッドソードを弄んでいた。
「あなた、だ……えっ?」
いきなり、リューディアの眼前に赤い何かが迫る。
赤い何かは、彼女の額に触れる直前、イヴの手刀で叩き落とされた。
大地に叩き落とされて、初めて赤い何かはその正体を晒す。
それは、金髪人形が弄んでいたはずのブラッドソードだった。
金髪人形は楽しげに微笑んでいる。
その両手からは、当然のようにブラッドソードが無くなっていた。
やはり、突然飛来したブラッドソードは、彼女が投げつけた物に間違いない。
「それにしてもタキシードか……妙な縁……いえ、笑える皮肉ね……?」
金髪人形は意味不明なことを呟くと、クスクスととても楽しげに笑った。
「お人形さんに笑われるのって……なんか凄く屈辱的ね、いろんな意味で……」
「いえ、姫様ではなく、おそらく私を笑ったのかと……」
ひとしきり笑うと、満足したのか、金髪人形は改めてリューディアとイヴに視線を向ける。
「ところで、私に何か用?」
「何をぬけぬけと……いきなり姫様を殺そうとしておきながら……」
「あら? 私はいきなり刃物を投げつけられたから投げ返しただけよ、一回は一回でしょう?」
「む……」
「まあ、確かに言われてみればそうかも……?」
「素直に納得しないでください、姫様!」
最近の主人(リューディア)は大らかすぎる……いきなり殺されようとしたことを全然気にしていないかのようだ。
「百歩譲って、投擲のことは目を瞑るとして……覗いていたことはどう弁明するつもりですか……?」
「覗くも何も……ここはただの山中でしょう? あなた達の家でも、土地ですらない……山を歩いていたらたまたまあなた達を目撃してしまった……それが悪いの?」
金髪人形は意地悪く微笑する。
「つっ……」
イヴは言葉に詰まった。
口ではこの金髪人形に敵いそうにない。
「じゃあ、用がないなら、私達は失礼させてもらうわ」
金髪人形……正確には人形を抱っこする女ディーラーが歩き出した。
「……お待ちなさい」
イヴは金髪人形を呼び止める。
「……何? 願い事でもあるの?」
振り返った金髪人形の黄金の瞳が妖しく煌めいた。
「願い事? 何ですか、それは?」
「違うならいいわ……じゃあ、魔族らしくとりあえず戦いたいのかしら?」
「……私は意味もなく戦闘を挑んだりはしません……」
「昔は意味もなく殺戮してたけどね〜♪」
「うっ、茶々を入れないでください、姫様……」
「ふふふっ、ごめんね」
「まったく……あ、待ちなさい!」
主従が会話している間に、金髪人形が遠ざかっていく。
「待つ理由がないわ……蘭華(ランファ)」
金髪人形が『名』を呼んだ瞬間、女ディーラーは胸の谷間から一枚のカードを取り出し、振り向きもせず背後へと投げつけた。
「っ!?」
カードは的確にイヴの足下に突き刺さり、次の瞬間、橙色の閃光と共に爆発を起こす。
「……逃げられちゃったわね……まあ、別にいいけど……」
「…………」
閃光と爆発がおさまると、金髪人形と女ディーラーの姿はすでに消え去っていた。











第216話へ        目次へ戻る          第218話へ






一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



簡易感想フォーム

名前:  

e-mail:

感想







SSのトップへ戻る
DEATH・OVERTURE〜死神序曲〜